2017年5月17日水曜日

浄発願寺奥の院


浄発願寺奥の院は、伊勢原市にある浄発願寺の旧跡です。旧境内には山門や本堂などが何処にあったのかなど案内板が設置されており、史跡として整備されている一方で寺院跡特有の退廃的な雰囲気を持ち合わせています。

現地案内板より
①日向薬師 ②浄発願寺 ③石雲寺 ④大友皇子の墓 ⑤浄発願寺奥の院

グーグルマップで計測したところ、浄発願寺奥の院は、日向薬師から大よそ1.8kmの距離にあります。途中には現在の浄発願寺石雲寺大友皇子の墓などの史跡があるので、日向薬師に訪れた際に一緒に見学するといいかもしれません。ちなみに鎌倉遺構探索ではこのとき大山を経てこちら日向に下りてきました。周囲は大山や日向山に囲まれており平野部に比べるとまだまだ標高の高い位置にあります。往時では山中の寺院といった様相だったのかもしれません。

浄発願寺付近


浄発願寺


浄発願寺の創建年月日がよくわかりませんが、貞享二年(1685)、四世空誉上人の時代に本堂が完成したとあったので、大よそ17世紀の創建かと思われます。浄発願寺は、殺人や放火を犯した者以外であればどんな犯罪人も許される男の駆け込み寺としても知られています。また、日向川の水源地にあることから、伊勢原をはじめ平塚や大磯などの下流域に住む人々からは雨乞い信仰の寺としても崇められてきました。しかし昭和13年(1938)に台風による山津波でこの地にあった浄発願寺は、諸堂宇が壊滅し、当地に復旧困難なため、現在地に再建されることとなりました。ですから奥の院はつまり旧浄発願寺跡となります。

現在の浄発願寺

浄発願寺奥の院


現在ある浄発願寺から日向川に沿って1km程行くと浄発願寺奥の院があります。道路から日向川を渡る橋に”一の沢橋”と刻まれていたので、旧浄発願寺がある地を”一の沢”と云うようです。

浄発願寺奥の院入口

市指定史跡になっているので意外にも整備されています。門前には閻魔堂が往時には建てられていました。瑩珠院(尾張徳川家綱誠の正室)の遺髪を納めた巨大な宝篋印塔や近世のものらしき石塔や石像仏が置かれています。

閻魔堂跡
瑩珠院宝篋印塔

山門跡から一の沢の奥に足を踏み入れるとビックリ、細長い形状ながらもどこまでも奥深い谷となっていました。伊勢原市のHPに「徳川家康から165,000坪(約544,500平方メートル)もの境内地を与えられた」とあったので、谷どころかこの山全体が浄発願寺の敷地であったようです。


首なし参道


本堂に向かう参道に石造物が点在しています。鎌倉でもよく見かける首のない石像仏に、こちらでは首の代用として丁度よい大きさの石が使用されています。その石像仏らが参道で出迎えてくれる雰囲気と新緑の爽やかさがミスマッチした様相は、妖しくも退廃的な美しさを醸し出していました。


53人の訳アリ男


「えっ?ここ境内でしょ?」と心配になるぐらい谷は深く続きます。とそこに現れたのが罪人53人に一段ずつ築かせたという53段の石段です。しかし平成3年再建ともありました。上記した縁起にあったように、浄発願寺は男の駆け込み寺です。往時では”訳アリ”の男たちが絶えずここに身を潜めていたのでしょう。そして今日、ビジネスがなかなか軌道に乗らないため、平日なのにこんな所で遊んでいられる現代の訳アリ男がこの地に訪れました。

訳アリ53段の石段

本堂跡


53段の石段を登るとついに谷奥らしき地形と本堂跡が現れます。下画像をご覧のとおり、素人でも本堂跡だとわかる形跡が未だ残されています。

本堂跡

本堂は貞享二年(1685)に四世空誉上人の時代に建立されましたが、寛政七年(1795)の火災で焼失したとあったので、こちらは文化元年(1804)に22世速阿上人に再建された本堂跡です。間口7間(12.73m)、奥行12間(21.81m)で廊下・居間・庫裡等を合わせて約230坪あったとのことです。

堂宇配置図 現地案内板より
①本堂 ②廊下 ③居間 ④庫裡 ⑤水路

興味深いことに、伽藍のあった場所を囲むように溝が確認できます。堂宇配置図に水路とありました。往時では自然の岩を掘り割って排水溝とし、非常時には貯水槽としていたそうです。

水路

水路を辿っていると丘陵斜面に”すんごい”掘割状を発見。山津波があったということでそうした痕跡なのかもしれませんが、これは明確に人工的な形状を感じさせる掘割状です。これで山頂から水を引いてきたのでしょうか。

すんごい掘割状

水路を辿っていると今度は”やぐら”発見!「こんな所で”やぐら”?」と大興奮しましたが、時間をおいて冷静になって眺めてみると、鎌倉のように葬送のための横穴といった雰囲気がありません。水路沿いにあるので貯水・排水に関する造作でしょうか?、もしそうであればある意味初めて見る種類の横穴です。

思わせぶりな横穴

奥の院岩屋


本堂跡から丘陵を上って境内の最奥となる岩屋へ向かいました。凄いっ!想像以上の造作です。丘陵壁面が広い範囲で削平されており、ここだけホント鎌倉のようです。壁面上部には自然に出来たものなのか、加工したものなのか、よくわかりませんが、上から水が流れてくるような窪みが確認できます。玄室内部には石塔が置かれていて、弾誓上人の石像仏を中心に左側に卵塔(僧侶の墓)、右側には武家の石塔が並んでいます。

岩屋

ここで開山の弾誓上人が修行をしていたそうです。お墓が内部にあるので”やぐら”と云っても間違いではありませんが、やはり鎌倉のものとは造りが異なります。元々葬送のために造られた横穴ではないからでしょうか。

岩屋内部
岩屋内部

岩屋の右方には観音堂や観骨堂、左方には五社権現が祀られていました。また岩屋は一般が立ち入ることのできない聖域だったので、浄発願寺が今もここにあったらたぶん非公開だったんでしょうね。


浄発願寺の豪勢な檀家


浄発願寺四世の空誉上人は佐竹氏の出身です。また巨大な宝篋印塔の主である瑩珠院は上記したように尾張徳川家綱誠の正室となります。そして檀家にはこれら佐竹氏や尾張徳川家の他、公家の広幡家・徳川本家・藤堂家・大久保家・黒田家・有馬家・織田家など有名な家柄の名が見えます。四世空誉上人のように、武家から出家した住持が他にもいたからなのかもしれません。




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記事作成  2017年5月17日

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