2014年3月6日木曜日

神武寺


山号寺号 医王山神武寺
建立   神亀元年(724)
開山   -
開基   -


霊場神之嶽の地形


神武寺は、明治の頃まで女人禁制の山岳信仰の霊場として活用され、神之嶽(こうのたけ)と以前は呼ばれていました。その名から伝わる雰囲気のごとく、現在でも周辺は旧態地形が残される自然豊かな土地柄となっています。丘陵部には岐路となる尾根道がいくつもあって、一度や二度の探索では地形を把握しきれないほどの奥深い魅力があります。裏山にあるやぐらや石切り場跡といった鎌倉地方特有の土木遺構に加え、ハイキングコースのある丘陵部を含めると、そのボリューム感は半端ありません。神武寺だけで半日過ごせます。

Google Map 神武寺
①東逗子駅 ②表参道 ③神武寺 ④鷹取山 ⑤裏参道 ⑥神武寺駅

丘陵を背にする典型的な鎌倉寺社とは異なり、神武寺は丘陵の頂部山腹に所在します。同じ時代に創建された岩殿寺杉本寺などと形態が似ているのが興味深いところです。アクセス方法としては、横須賀線の東逗子駅に近い表参道と、神武寺駅に近い裏参道の2つが定番です。良い意味で困ったことに、この2つの参道がどちらも興味深く面白いので、行きと帰りで別々の参道を通ることをお勧めします。


神武寺表参道


表参道入口に神武寺を示す石碑が置かれています。以前は総門がここにあったそうです。更に昔は東逗子駅踏切付近にあったとありました。「どんだけ広かったんだよ」と往時の姿を想像しつつ向かいます。底面が途中までコンクリート舗装されていますが、すぐに旧態地形の切通し路となります。


神武寺に近づくと、なんと、参道がS字状を描いています。これが当時の造作なのかはわかりませんが、豊臣秀吉の小田原城攻めの際に、神武寺が戦火に遭っていると寺伝にありました。小田原北条氏か、もしくは武装した僧兵による神武寺合戦があったのかもしれません。

まさかのS字状鞍部

神武寺境内


やがて総門が現れ、神武寺の伽藍が建ち並ぶエリアとなります。どうやら本堂(客殿?)や庫裡などがあるエリアには立ち入れないようです。一段高い平場に薬師堂やその他小さな社殿があります。

総門
切通しの向こうに本堂・庫裡などがあるが立入禁止
山門の前で六地蔵のお出迎え

神武寺縁起


寺伝によれば、神亀元年(724)聖武天皇の命を受けた行基がこの地に十一面観音と釈迦・薬師如来を祀ったことにはじまると云われています。薬師如来の力によって衆生の病苦が救われると信じられた薬師信仰の場であるため、薬師堂が建立されています。薬師堂棟札には慶長三年(1598)の年号が残されていたそうなので、結構な古建築です。

薬師堂
山門

『吾妻鏡』では、建久三年(1192)八月、源頼朝が政子の安産を祈願し神馬を奉納したとあります。ここでは「寺努寺」と記されていますが、もしかしたらこれで当時から「じんむじ」と読んだのかもしれません。承元三年(1209)五月には実朝がここ神武寺と岩殿寺に参詣した記事がみられますが、今度は神武寺を神嶽と記しています。

安産地蔵尊

医王山は修験の場


薬師堂から急勾配の登り道を行くと尾根に出ます。辺りは石切り場跡だったようで、複雑な地形をしています。上記しましたが、明治の頃まで女人禁制の修験の場でした。この山でどのような修行をしていたのか想像もつきませんが、石切りによってその痕跡も薄らいでいるように思えます。裏山尾根に不思議な形をした石が置かれていましたが、修行に用いるものかもしれないと場所が場所だけに思えてきます。そのまま尾根道ハイキングコースを伝うと、鷹取山に向かうことが出来ます。

石切り作業による影響か、地形がひな壇状になっている
尾根上にある謎の形をした石

神武寺やぐら群


神武寺の墓地内に、弥勒やぐらを中心としたやぐら群が現存しています。弥勒やぐらは、舞楽師の中原光氏のお墓で、石像の背後に、中原光氏が舞楽師で神楽博士であったこと、従五位上行左近将監に敍せられていたこと、正応三年(1290)9月5日に73歳で没したことが刻まれています。『吾妻鏡』には、建長五年(1253)、鶴岡八幡宮西門脇に夷社が勧請された際に御楽際があって、中原光氏が宮人曲を歌ったという記事がみえます。

弥勒やぐら

また、付近には神武寺こんぴら山やぐら群と『鎌倉市史 考古編』で呼称されていた一群があります。こちらは羨道のない浅い掘り込みの室町期のやぐらです。


神武寺裏参道


裏参道は、脇に川が流れていて、水源が豊富なためか、シダが生い茂っています。天園ハイキングコースの獅子舞~二階堂エリア間と似ています。また、神武寺周辺は岩隙植物群落といって、三浦半島でも特殊で希少な環境に独特な植物が群生しているエリアなんだそうです。植物の詳しいことはわかりませんが、とにかく緑がキレイな素敵な参道です。


参道の出入口付近には、石切りを産業としてきた鎌倉地方でも他では見たことがない面白い石切り場跡がありました。

石切り場跡

記事は「神武寺石切り場跡」「神武寺やぐら」「神武寺~鷹取山ハイキングコース」へと続きます。



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探索期間 2011年9月~2013年5月
記事作成 2014年3月6日


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