2014年3月3日月曜日

杉本寺


山号寺号 大蔵山杉本寺観音院
建立   天平六年(734)
開山   藤原房前 行基
開基   光明皇后



杉本寺縁起


『かまくら子ども風土記』によれば、光明皇后の命によって、藤原房前と行基が、天平六年(734)に開創したとありました。ですから鎌倉で最も古い天台宗のお寺となるそうです。平安末期に三浦一族の杉本義宗がこの地に邸を構えていた、もしくは観音堂が失火した際、祀られていた観音さまが自ら杉の木の下に批難したことからその名が由来すると云われています。また、この寺の前を馬に乗ったまま通ると、必ず落馬するというので、下馬観音とも云われていました。その後、建長寺の大覚禅師が堂にこもって祈願し、袈裟で観音を覆ったので覆面観音という呼び名もあったそうです。吾妻鏡では大倉観音堂と記されています。

本堂

杉本寺境内


階段を登った山腹に本堂(観音堂)があります。本堂には本尊として三体の十一面観音像が祀られています。行基菩薩が彫ったものと寺伝にはあるようですが、像は大よそ平安末期から鎌倉時代の作品と考えられています。中興開山とも云われる慈覚大師が十一面観音の尊像をこの山に安置したと伝えられているので、その辺りが妥当な線かもしれません。本堂の他、おびただしい数の五輪塔や、熊野大権現と白山大権現が祀られていました。


上記しましたが、杉本寺縁起には、観音堂が失火した際、本尊の観音さまが自力で杉の木の下に避難したという逸話が伝わっています。一方で『鎌倉市史 社寺編』には、文治五年(1189)に別当の浄台房が、火の中に飛び入り本尊を取り出したという逸話が紹介されていました。浄台房の衣がわずかに焦げただけで、身体には火傷一つなかったので「念彼観音力 火坑変成池」とはこの事かと大いに信仰を集めたそうです。本堂のある平場より一段低い場所に、大蔵弁才天が祀られていますが、池があってやぐらが水没しています。上記した「念彼観音力 火坑変成池」を表したものでしょうか。

大蔵弁才天
水没したやぐらと池

本堂裏手丘陵壁面にはやぐらがいくつかみられます。中世のものと思われる宝篋印塔などが安置されているものもありました。

杉本寺やぐら

杉本城跡


杉本寺から浄妙寺・瑞泉寺にかけた丘陵が、南北朝期に山城として活用されていたと『鎌倉市史 考古編』にありました。杉本城と呼称されています。特に杉本寺付近に多くの平場が造成されているため、この辺りが城の大手となるようです。しかしながら、残念な事に杉本寺裏山となる部分に民家があるため、尾根には立ち入れません。延元二年(1337)北畠顕家が鎌倉を攻めた際、斯波家長がここ杉本寺で自害したと云われています。

すぐそこに城郭遺構が残されているのに行けないもどかしさ

杉本寺からお隣の丘陵山腹にテニスコートが見えます。市史考古編によれば、これも杉本城の平場の一つだとありました。現在の外観からはこんな鎌倉中心部に山城があったとは想像もつきませんが、城郭としての地形がいくぶん残っているようです。

往時の杉本城の平場

山城跡だけあってか、もしくは行基菩薩が観音さまを安置する場として選んだだけあってか、杉本寺からは随分と周辺を見渡せます。浄明寺地区、犬懸ヶ谷、釈迦堂ヶ谷などなど結構な範囲を眺める事ができます。

犬懸ヶ谷・釈迦堂ヶ谷方面
浄明寺地区

頼朝の参詣


『吾妻鏡』に源頼朝の大倉観音堂参詣の記事がみえます。建久二年(1191)9月18日に頼朝が参詣し、本堂の再建に布200反を寄附したとあります。さらに建久四年にもまた頼朝が訪れています。そして建暦二年(1212)には実朝が参詣したとありました。いずれも9月18日に訪れているので、市史社寺編には「この日が観音の縁日であったからであろう」とありました。


坂東三十三ヶ所観音霊場


奈良時代、道徳上人が西国三十三ヶ所観音霊場札所めぐり始め、平安時代に花山法皇がその札所めぐりを広めたと云われています。観音菩薩が33の姿で人々を救うということから、鎌倉時代中頃から坂東三十三ヶ所観音霊場札所めぐりが始まりました。坂東の第一番がここ杉本寺で、第二番が岩殿寺、第三番が安養院、第四番が長谷寺となります。それ以降は鎌倉外となります。宅間谷に巡礼路と呼ばれる旧道の一部が残されていますが、杉本寺から第二番の岩殿寺に向かう道筋のようです。



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カテゴリー 探索記事(エリア別 浄明寺
記事作成  2014年3月3日

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