2014年2月4日火曜日

寿福寺旧境内



寿福寺境内絵図


絵図は寛政二年(1790)に描かれた寿福寺境内の中心部です。寿福寺周辺を散策すると、誰もが気付くであろう隋道のような造作がいくつか確認できます。近現代でやぐらを貫通させて、通り道としたのだろうと勝手に思っていましたが、こうして絵図を見ると、左側の丘陵部に穴が縦に3つ開いていて、道が通っているのが確認できます。なんと、隧道は当時からのもの、もしくは少なくとも近世には既に施されていたことが、この境内絵図からわかります。

寿福寺境内絵図 中心部分 ①帰雲洞 ②悟本庵 ③正隆庵 ④仏殿

これら隋道は、絵図を見る限り、寿福寺塔頭の出入口のような役割を果たしているように思えます。ちなみに④は現在もある仏殿位置です。こちら下画像は、その絵図から推定した悟本庵と正隆庵の隋道です。悟本庵のそれは、現在も隋道として通り抜けができます。一方で正隆庵隋道は、現在民家の玄関となっているようです。あたかもやぐらの中に家があるようで、うらやましい限りです。同感する方はいないとは思いますが。

悟本庵隋道
正隆庵隋道

悟本庵と正隆庵の隋道の間には、やぐらのような造作がみられ、板碑をはめ込んだような跡までみられます。また、悟本庵隋道を抜けた向こうにもやぐららしき造作がみられますが、石切りされています。この辺りが石切山とも呼ばれていることから、以前は石切り場として用いられていたようです。その名残りでしょうか。

板碑跡がみられる丘陵壁面
石材を切り出された横穴

もし寿福寺が、建長寺や円覚寺のように寺勢を現在まで保ち、これら塔頭跡を民用地として払い下げせずにいたら、境内をこの隧道を抜けて散策するという、とてつもなくファンタジーなお寺になっていたのでしょう。鎌倉の横穴が大好きな私には、とてつもなく惜しまれる状況です。ちなみにこの程度の隋道であれば、称名寺にもありましたが、そちらは鎌倉期からあったことが、境内絵図によってわかっています。ですから寿福寺のこれら隋道も、鎌倉期からあったと考えてもあながち的外れではないのかもしれません。



寿福寺塔頭


『鎌倉市史 社寺編』には、明庵栄西の塔所となる逍遙庵をはじめ、15の塔頭があったことが記されています。他の鎌倉寺社同様、鎌倉期(鎌倉が都市として機能していた時代)を過ぎた辺りから寺勢が衰えたようで、江戸時代には寺地のほぼ半分を英勝寺に割かれています。『新編鎌倉志』には、桂蔭庵・正隆庵・悟本庵・積翠庵の4つの塔頭が記されており、下画像はその寿福寺項挿絵の上部分です。栄西の塔頭であった逍遙庵位置がどうやら現在の寿福寺墓地部分となるようです。

新編鎌倉志 寿福寺項挿絵上部
①絵かきやぐら ②逍遙院跡 ③帰雲洞 ④積翠庵
寿福寺墓地 開山塔跡で逍遙庵跡

丘陵壁面には、やぐらが多数施されています。ここにあったとされる塔頭が栄えていたことが伝わってくるようです。特に将軍実朝と北条政子の墓と伝わる絵かきやぐらと、最奥にある大きなやぐらが印象的です。

絵かきやぐら 伝実朝墓
巨大なやぐら 内部には多用な掘り込みが施されている

『鎌倉市史 考古編』では、この実朝と政子の墓と伝わるやぐらの中にある五輪塔を、鎌倉末期から南北朝期のものであると指摘しています。ですから時代的にも実朝と政子の墓ではありませんが、供養塔としては有り得るかもしれないといった旨が記されています。社寺編でもこの辺りは同意のようで、寿福寺に関係の深い二人の供養塔であろうが(誰だかわからない)といったニュアンスで記されています。


帰雲洞と裏山


上の『新編鎌倉志』絵図の③には「帰雲洞」と記されています。なんと隧道に名前が付けられているようです。位置的にも現在塞がれているものだと思われますが、ちょっと不確かです。掘り方が現代っぽいような気がします。そしてこの帰雲洞らしき隋道跡のすぐ横に小切通しが施されていて、裏山の源氏山に登れるようになっています。少しだけ探検気分を味わえる面白い箇所です。

帰雲洞?
裏山へと続く小切通し

裏山尾根からは、木々の隙間から少しだけ鎌倉市街地を眺めることができました。尾根を進むと、大田道灌の墓と伝わる石塔が途中にあって、ほんのわずかな行程で裏山頂部へと到着します。裏山は皆さんご存知の源氏山となっています。

裏山尾根からの景色

裏山尾根

源氏山公園に続く道

これが源義朝邸があった頃からの尾根道だったら凄いですね。



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探索期間 2011年8月~2013年7月
記事作成 2014年2月4日


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