2014年1月14日火曜日

白山神社 今泉寺


天園ハイキングコースの向こう側で鎌倉市最北の地となる今泉。その今泉の鎮守として白山神社(下地図画像⑦)があります。歩いて行くのは厳しいと思うので、大船駅からバスで行くのが無難かもしれません。ちなみに私は鎌倉駅①からレンタルサイクルを利用して向かいました。途中に多聞院、そして白山神社の奥には陰陽の滝で有名な今泉不動、そして散在ガ池などがあります。これら史跡をセットで訪れるとちょうど良いボリュームになるのでお勧めです。

Google map 鎌倉
①鎌倉駅 ②鶴岡八幡宮 ③建長寺 ④明月院 ⑤北鎌倉駅 ⑥多聞院 ⑦白山神社・今泉寺 
⑧今泉不動・称名寺 ⑨散在ガ池 ⑩大船駅

今回取り上げる白山神社ですが、いつの創建なのかがわかりません。元々この地には、明治の廃仏毀釈まで毘沙門天を祀ったお堂がありました。そしてその毘沙門堂の別当寺として今泉寺(こんせんじ)が建立されました。現在、境内には白山神社と今泉寺が同居していますが、『かまくら子ども風土記』(以下風土記)によれば、今泉寺は建長寺の塔頭として昭和52年(1982)の建立とあり、また上記したように「毘沙門堂別当の今泉寺があった」と過去形で記していることから、元々あった今泉寺と現在のお寺は厳密には別モノのようです。

毘沙門堂縁起


社伝によれば、源頼朝鞍馬寺に参詣した際、譲り受けた毘沙門天像を建久二年(1191)にこの地にお堂を建て祀ったのがはじまりとされています。像は現存しており、実際にも平安時代後期のものと考えられています。

白山神社


鎌倉旧市街から禅寺が建ち並ぶ北鎌倉を抜け今泉を目指します。白山神社はバス通り沿いにあります。今泉の大通りは東西を走るこのバス通り一本なので、まず道に迷うことはないでしょう。

白山神社入口(夏季)
白山神社入口(紅葉期)

入口から本殿を目指し参道を進みます。途中に石塔がいくつか置かれています。寛文十二年(1672)の年号が刻まれた庚申塔が含まれています。

庚申塔などの石塔群

階段を登ると、今泉寺、そして堂々たる威厳の白山神社が現れます。縄の醸しだす雰囲気がたまりません。

白山神社

白山信仰


ちなみに白山信仰とは、御嶽信仰・富士塚信仰などのような山岳信仰の一種で、石川県・福井県・岐阜県にまたがりそびえる白山を信仰するものです。紀貫之古今和歌集で白山を歌にして詠んでいるので、その歴史は相当古いようです。

白山比咩神社と「水」のキーワード


全国白山神社の総本宮となる白山比咩神社によれば、養老元年(717)に越前の泰澄(たいちょう)が白山に登山し、翌年山頂に奥宮を建てたのがはじまりとされています。また、「白山は生活に不可欠な“命の水”を供給してくれる神々の座」ともありました。そもそも今泉では、弘法大師の祈祷によって水が湧き出るようになり、飲み水にも田畑の用水にも事欠かなくなったという伝承が伝わっています。水というキーワードが合致していますね。ちなみに今泉不動にある陰陽の滝は、その時湧き出た水が滝になったと云われています。また、この総本宮となる白山比咩神社では「源頼朝の寄進を受ける」とも記されています。

白山神社

白山神社の地形


毘沙門堂があったという白山神社境内は、どこかその名残りのような雰囲気がみられます。石造物や石祠に小さな社殿が残されている他、最も興味が惹かれる点として、地形が塚状に盛り上がっていることです。ここにその毘沙門堂があったのかと現地では勝手に考えていましたが、『かまくら子ども風土記』に「頼朝の鷹を埋めた鷹塚がある」とありました。ですから鷹塚なのかもしれません。がしかし、鷹のお墓にしては大き過ぎるような気もします。

白山神社境内の怪しい地形

入口から参道を進み、階段を登ると今泉寺のある平場、そしてまたそこから階段を登ると白山神社、そしてさらにこのように地形が盛り上がっています。敷地内は段差をはっきり確認出来るひな壇状地形で構成されています。そして木々に囲まれたいかにも鎌倉の僻地といった感じの素敵な境内です。

境内にあった御神木のような存在感のある木


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記事作成 2014年1月14日

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