2013年9月14日土曜日

東光寺


山号寺号 天照山薬王院東光寺
中興   永享三年(1431)
中興開山 法印霊範
開基   -



東光寺縁起


永享三年(1431)に高野山慈眼院の法印霊範が隠居所として中興したそうです。「中興した」という事はその前身があったはずですが、何の資料も見当たりません。歴史が失われているようです。この辺りは往時は大慶寺の塔頭が建ち並んでいたようなのでその一つでもあったのかもしれません。
また東光寺といえば、永福寺の一伽藍として建立されたと云われる二階堂にあったものが有名ですが、市史や風土記などの私の手持ちの資料には何も記されていませんでした。関係ないようです。そちらの東光寺は金沢の白山エリアに移転しています。

六地蔵
境内は一目でグルっと見渡せる程度の広さです。弘法大師の像や六地蔵などが置かれていました。また丘陵部には「絶対にそこに建物か何かがあったんじゃないの?」という地形がみられます。以前とは境内の造りが違ったのかもしれません。もしくは東光寺の失われた歴史の名残りでしょうか。



東光寺の失われた歴史を推測するモノとして、境内にいくつかやぐらの造作がみられます。やぐらは崩されていなければ、羨道がないタイプのものなので室町期のものと思われます。

やぐら
また、中世の石塔がありましたが、こちらは同じ丘陵を背にする等覚寺が、洲崎から出土したものを持ってきているそうなので、同じ類のものかと思われます。その時代からあったというより、供養のために後世にてここまで持ち運んだようです。

丘陵部壁面と石塔群 左端に中世のものと思われる石塔がある
やぐらの一つに、これは引き戸か何かを施した跡なのでしょうか、ちょっとよく分かりませんがあまり見た事のない造作がみられました。

やぐら内部

また、やぐらには扉を取り付けた跡のような造作をよく見かけますが、こちら東光寺のやぐらの造作は大き過ぎます。一体何を取り付けた跡なのでしょう。

やぐら内部

そしてこちらもまた大慶寺等覚寺同様に丘陵部に階段の造作がみられます。前面スペースがコンクリート化されているので何とも言えませんが、上に挙げた二社同様に何か同じような造作にみえます。

丘陵部壁面造作
この階段遺構を登るとちょっとだけ平場となっていて祠などが置かれていた他、穴の塞がれた横穴などが確認できました。そこから見えた景色は往時では大慶寺塔頭が建ち並んでいたエリアかと思われます。

山腹の平場
平場から眺めた景観

やぐらなどの造作から推測するに、東光寺の失われた歴史は鎌倉時代にまでは遡らないでしょうか・・ たぶん。



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記事作成  2013年9月14日

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