2013年8月6日火曜日

光明寺旧境内



光明寺旧境内絵図


光明寺の記事その②です。画像は享保五年(1720)に作成された光明寺境内絵図です。描かれた主な建物などを絵図にて番号で表記しました。建物名などは『中世都市鎌倉の風景』と『鎌倉の古絵図』を参考にしています。光明寺境内が広すぎることもあって、絵図を分割しました。

「1」祖師堂「2」祈祷堂「3」善導堂「4」集会堂「5」大庫裏「6」小方丈「7」七間之土蔵「8」三門「9」経蔵「10」鐘撞堂「11」稲荷大明神・鎮守「12」弁財天「13」内藤家廟所「14」開山廟所「15」地蔵巌窟・霊骨窟・拝殿

いつもこうしたお寺の旧境内絵図を見ると思うのですが、基本的となる境内の大体の様相がそれほど相違ありません。境内の建物の数が減ったとしても、また建物が新しいものであっても、どこのお寺も元々あった建物の位置を大幅には変えていないようです。

境内絵図上部① 祖師堂 

絵図「1」の祖師堂は元禄十一年(一六九八)の建立です。そしてなんと現存しています。絵図の製作時期は、享保五年(1720)ですから、現在の建物そのものの形状を描いていると思われます。そしてこちら下画像は境内絵図の下部分です。現在もある千手院や蓮乗院、更には惣門から海岸付近まで描かれています。

①千手院 ②蓮乗院 ③惣門 ④現在のバス通り? ⑤豆腐川

絵図③の惣門は明応四年(1495)の建立で、こちらも祖師堂共々現存しています。画像④に飯島方面に向かうような道が描かれていますが、この絵図の位置関係からは現在のバス通り辺りかと思われます。それともこれが由比ヶ浜の海岸沿いを歩く道なのかもしれません。

境内絵図下部③ 惣門

光明寺裏山


さて毎度の事ながら「鎌倉遺構探索」が着眼するポイントといえば寺社裏山ですが、残念ながら光明寺の裏山は宅地化されています。それでもそこに裏山があるのなら登って行きたくなるのが私の鎌倉遺構探索です。

境内裏山から眺めた景色 ちょっとズームしてます 実際にはこんなはっきり見えません

境内絵図「15」の辺りが中学校、丘陵頂部は住宅街、そして絵図「6」と「14」の間ぐらいに秋葉山大権現社があります。

光明寺裏山にある中学校と丘陵頂部住宅街へと続く道

境内絵図「14」の開山廟所は、現在の良忠上人廟所ですが、描かれたその位置が実際の感じからは左寄り過ぎて、秋葉山大権現社に近いように感じます。現在の良忠上人廟所位置はどちらかといえば境内絵図「15」の拝殿・窟跡に近いように思われます。ただ、こうした絵図に距離や配置などに関した細かいツッコミを入れてはいけないのかもしれませんし、廟所が移動したという資料は見つからなかったので、これ以上の詮索は止めておきます。

開山廟所 現在の良忠上人廟所

光明寺境内から裏山に登るとすぐにかなり広い平場が残されていますが、『かまくら子ども風土記』(以下風土記)によると、戦後間もなくに建てられた学校がここにあったそうです。私が期待するような塔頭跡といった類のものではないそうです。

光明寺裏山にある広大な平場

秋葉山大権現社


光明寺裏山から更にまた下画像の趣のある道を登って行くと、秋葉山大権現社があります。道沿いには鎌倉でよく見かける近世の石塔が多数置かれていました。



風土記によると、正徳四年(1714)に秋葉山からここに移ってきたとありました。その元々の秋葉山とは何処の山のことなのか分かりませんが、秋葉山大権現とは「秋葉講中という信者の団体」ということからも、近世に流行った富士塚信仰にも似た類のものかと思われます。

秋葉山大権現社

上記しましたが、境内絵図は享保五年(1720)に作成されているので、正徳四年(1714)からあるこの秋葉社が描かれているはずですが見当たりません。近くに「山神○」(○は読み取れない)と記されていましたがこの事でしょうか。また、秋葉社のある平場は平坦ではなく、一部土塁状となっています。平場から光明寺方面の丘陵崖面には画像のような建造物が残されており、更に道跡、もしくは道幅程度の平場が連なっています。

秋葉社のある平場
秋葉社光明寺側崖面にあった建造物

そういえば、光明寺側に怪しい丘陵への登り道らしき跡があったので、昔は境内の造りが違ったのかもしれません。

小坪坂


光明寺裏山から小坪に向かう小坪坂の道筋が住宅街の隙間に残されています。頼朝が鎌倉入りする以前からあった古東海道と考えられています。小坪坂は鎌倉から小坪へ向かう山越えの道です。光明寺裏山頂部から小坪へ向かう道筋は確認しましたが、こちら鎌倉側(光明寺側)の道筋が見つかりません。やはりこれだけ宅地開発されたため原型が残されていないのかもしれません。


こちらの裏山中学校脇にあるトンネルを行くと地上に下りて行くことが出来ますが、これが小坪坂の光明寺側なんでしょうか・・ 微妙です。



より大きな地図で 小坪・飯島 を表示


探索期間 2012年8月~2013年5月
記事作成 2013年8月6日

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