2013年6月1日土曜日

仏法寺跡


霊山山


極楽寺を背にして江ノ電極楽寺駅から真正面に見える山を霊山山と云います。その他に、霊山崎霊仙山霊鷲山とも云うそうです。どの呼び名にも「」の字が付くので、少なくともこの山がどういう場所であるのかが何となく伝わってくるようです。この霊山山に極楽寺の支院とも末寺とも云われる仏法寺がありました。極楽寺地区にあった寺院の中でも、多分、最も標高の高い場所に位置している(いた)と思われます。雨乞いなどの祈祷に用いられた神聖なエリアだったようです。

海岸側134号線から見た霊山山

また、極楽寺坂の防衛目的で構築されたと考えられる五合枡と呼ばれる城郭遺構がこの山に共存しています。

極楽寺坂沿いにある西方寺跡から見た霊山山

駅前にある墓地から霊山山頂部の仏法寺跡へ向かいます。 極楽寺境内絵図ではこの辺りに「平等院」「福田院」という寺院が描かれているので、この墓地となっている敷地はそれらに関連した施設、もしくは跡地そのものと思われます。 墓地には近現代の墓石の片隅に古そうな五輪塔がいくつか置かれていました。


尾根を伝って山頂へ向かいます。早速ですが、怪しい地形がみられます。
段状に狭い平場が幾層にも連なっている

尾根道から極楽時坂方面にかけて、平場と呼べるのか微妙ですが、その狭いスペースが段状に何段にも連なっていました。また、付近では尾根道が土塁状に、もしくは堀切のような造作がみられ、複雑な地形を形成しています。

霊山山尾根上の地形

五合枡


丘陵頂部に出ると、そこは五合枡と呼ばれる遺構の一画で、土塁で囲まれた枡形の平場が存在します。枡形の形状や土塁は生い茂る草木によって画像では確認出来ないので割愛いたします。

丘陵頂部 この地点が既に土塁の一部となっている

付近には高さ2~3m程もあるがあります。発掘調査によって、塚は14世紀末~16世紀にかけて整備された痕跡がみられたそうですが、塚内部にあった石塔などの遺物は13世紀後半~14世紀前半のものであったそうです。つまり、既に原型が当時(鎌倉期)からあったと考えられるようです。

緑の点々が塚 

元弘三年(1333)新田義貞の鎌倉攻めの際、極楽寺口は激戦区の一つとなりました。『三木俊連軍忠状案』という当時の記録によれば、北条方霊山寺(仏法寺)大門に立てこもって新田勢に散々に(矢を)射かけたため、夜半に及ぶ戦闘の末追い落としたなどと記されています。極楽寺口の、更にここ霊山山が特に激しい戦場となった事がうかがえます。塚はここで亡くなった武士達の慰霊のためなのでしょう。

左下の建物が成就院 右上の街並みは長谷・甘縄方面 

土塁に覆われた平場の先端からは、直下に成就院、そして甘縄長谷方面などが見渡せます。いかにも極楽寺坂の監視に適した軍事的な色合いの強い場所です。

仏法寺跡


そして丘陵を極楽寺坂とは反対の南側に移動すると、仏法寺跡平場があります。 まず何と言っても、特筆すべきはこの景観の素晴らしさでしょうか。平場からは由比ヶ浜のビーチに、三浦半島をぐる~っと展望する事が出来ます。 木々の伐採をしていれば、西側の江ノ島や伊豆半島方面に富士山なども眺める事が出来ると思います。


下の境内絵図に池が描かれていますが、忍性がここ仏法寺雨乞い祈願をしていたと云われています。確かにこの壮大な景色からも天まで願いが届きそうです。こういう場所が祈祷に適していると中世の人達は考えていたようですね。ちなみに、幕府が雨乞い祈祷を依頼する当時の資料が残されています。現代では信じられませんが、当時は官から下りてくる仕事に雨乞いがあったようです。

極楽寺境内絵図 霊山山クローズアップ 
※五合枡と成就院は絵図に描かれていませんが、参考までに推定位置に記しました。

発掘調査の結果、この平場の広範囲において、礎石建物堀立柱列などが確認されています。この地が伝承通り寺院跡である事が証明されています。そして、絵図にもあった池跡からは、大量の柿経が出土しています。


霊山山は、大正時代に公園として整備されていたそうですが、関東大震災によって大規模な崩落があったため閉鎖されたようです。平場の一画には五輪塔が数基並べられた近くに湿地帯がみられました。絵図にもあった請雨池跡だと思われます。どうやらもう枯れてしまっているようでした。霊山山は忍性などの高僧が祈祷に用いた霊地でもあり、戦死した多くの人々を慰霊した地でもありました。まさに霊山山と云われるように、霊山を更に山にしたかのような壮大な場所でした。



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記事作成  2013年6月1日

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