2013年4月14日日曜日

大町釈迦堂口遺跡


大町釈迦堂口遺跡


大町釈迦堂口遺跡丘陵部一帯には、日月やぐら、唐糸やぐら、釈迦堂地蔵やぐらなどの史跡としての価値の高いものを含む60基以上のやぐらが分布しています。 また、平場(火葬場として活用された)、切通し、堀切、切岸、石切り場跡などなど、鎌倉遺構の特徴的な要素がこの一区画に凝縮されています。


不詳不明の寺院跡


Google Mapなどの地図でこの辺りを見ると、「北条時政山荘旧跡」と記されていますが、この区画一帯が鎌倉幕府初代執権の北条時政の邸跡だと以前は考えられていたからだそうです。その後、発掘調査の結果、ここから出土する遺物の年代がそぐわないため、北条時政の邸跡だった可能性はほぼなくななったようです。近年の発掘調査において、未だ具体的な寺院名などは分かっていないものの、大町釈迦堂口遺跡は、少なくとも「13世紀以降に建てられた寺院跡の可能性が高い」というところまで調査が進んでいるようです。『鎌倉市史 考古編』によると、ここ釈迦堂口にあるやぐら群から、正慶二年の刻銘がされた五輪塔地輪部分が発見されています。正慶二年、つまり元弘三年(1333)鎌倉幕府滅亡の年です。 また「元亨」と刻んだ板碑片に、刀痕のある頭骨を含む火葬しない多量の人骨が発見されている事から、大町釈迦堂口遺跡には、少なくとも元弘の乱による戦死者が供養されているようです。

釈迦堂切通


遺跡群西側にある釈迦堂切通は、浄明寺と大町を往来する道で、正確な開削時期は不明です。画像でも確認できますが、洞門の上に風化して半壊したやぐらがみられます。 あのような足場のない場所にどうやってやぐらを作ったのかと、疑問に思うかもしれませんが、 これは足場となるやぐら前面のスペースが土砂崩れなどの自然崩壊、もしくはこうして洞門を掘削した事による人為的な消失と考えられます。ですから、このような大々的な洞門は、少なくともやぐらが営まれていた鎌倉期にはなかったと考えるのが妥当なようです。

釈迦堂切通 大町側

裏門跡


大町釈迦堂口遺跡が北条時政邸跡だと考えられていた頃に、このように門の形状にも見える切岸を裏門跡と表現したようです。釈迦堂切通が面する丘陵の上層部に位置します。この辺りの切岸は、城壁のごとく絶壁状に削られていて、方向的には、犬懸ヶ谷に対して、このようような造作が広範囲にみられます。実際にも境界線のようなものだったかもしれないので、裏門という表現もあながち間違いではないのかもしれません。


掘割状地形


遺跡奥地に大々的な掘割状の地形がみられます。 自然に出来たものなのか、人工的なものなのか、また、これは堀切と表現するのか、などなど色々判断に迷います。鎌倉で古道跡と云われる地形をいくつか見ましたが、この掘割状のように、現代人の我々にはちょっと急斜面すぎるのではないかと思われるものばかりでした。


この掘割状が道跡かどうか分かりませんが、『源平盛衰記』より、浄明寺側と大町側を南北につなぐ中世以前の道(治承四年(1180)の小坪合戦の際に和田義茂が通ったとされ、杉本方面から犬懸坊を越え名越へと向かう道)が存在していたことが分かっています。 三浦道と呼ばれるその道の経路は現在でも確定していません。一説には、ここ釈迦堂口近辺を通ったとも云われています。また、この掘割状をたどった先で、やぐらなどの遺跡が途絶えるので、もしかしたら、これも境界線の意味合いを持つ造作なのかもしれません。


石切り場跡


大町釈迦堂口に限らず、鎌倉は石の産地であっため、石切り場跡が鎌倉各所にあります。特にここ釈迦堂口が背負う背後の丘陵、衣張山は石切り場として盛んだったようです。 そうした事からも、遺跡群の中には、やぐらが半壊したものなのか、石切りの跡なのか、判断に迷うものも少なくありません。 また、未だに、これは何なんだろう、本当にただの石切り跡なのかと、頭を傾げてしまう造作がみられます。


不詳不明寺院の裏山


山腹には衣張山に続く踏み跡が残されていて、たどって行くと、衣張山山頂に向かう事が出来ます。 十二所在住のご老公が「踏み跡は20~30年で消える」と言っていたので、古いものではなさそうです。尾根を伝うと移動時間も短く広範囲に動けるので、釈迦堂口にあったとされる不詳不明寺院の僧侶達も、きっと一度衣張山山頂に出て、どこかへ出かけて行ったのだとと思われます。




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カテゴリー 探索記事(エリア別 名越
記事作成  2013年4月14日

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